鬱病へのプレリュ-ド!ようこそ鬱の世界へ!
双極性感情障害と戦うソルジャ-です!!
(前回からの続きです)
※やっと参加ブログ一覧が更新され、記事が上に来るようになりました。
ほっと一安心です。良かった、良かった(涙)
でも、また、トラぶったらどうしよう・・・・・。
初めての喉仏への神経ブロック注射デビュ-から3週間程立ちました。
麻酔科へは、毎週通院することになり、神経ブロック注射を毎回喉仏に打たれるように
なりました。慣れてくるとさほど苦痛にはならなくなりましたが、
帯状疱疹後神経痛はあまり改善する様子はなく、顔の左半面の刺し込む様な痛みは
続いておりました。常時、激痛が走っているので、中々、寝ることが出来ずに
人生初となる「睡眠薬」、その名も「マイスリ-(ゾルピデム)」を処方して
頂くことになりました。
これが、良く寝れる、良く寝れる、おもしろい様に寝れるのです。
マイスリ-万歳!! マイスリ-最高! もうマイスリ-の虜!マイスリ-!
情けないのですが、もう睡眠薬なしでは眠ることが出来なくなってしまったのです。
いわゆるヤクチュウです(今も沢山の薬を飲んでいるのでもっとヤクチュウでですが)
ただ、薬で眠らされている時は大丈夫なのですが、昼間がとても辛く
常時、襲ってくる帯状疱疹後神経痛にほとほと弱りはてていました。
気合と根性で何とかできれば何とかしたかったのですが、こればかりは
精神論では、どうにもならないくらい酷かったのです。
治療の効果もそれほどなく、毎日、帯状疱疹後神経痛に悩まされる、
そんな日々がしばらく続きました。
そうこうしている間に休んでばかりいられないので会社に出勤しなくては
ならないようになり、辛いながらも営業の仕事を行なうことになりました。
仕事なんか、出来るかい! 冗談きつすぎるやろ!!!!!!!!
ぎゃんぎゃん攻めてくる神経痛のおかげで、集中して物事を考える事も出来ないし、
まさに「ポンコツ」の状態で仕事に向き合わなければなりませんでした。
でも、仕事は待ってくれません。じゃんじゃん次から次へと仕事が舞い込んできて
その仕事をこなしていかなければならない状態となりました。
想像してくだい。剣山を頭にのっけて生きている様を。電気が走るような痛みと
剣山で刺されている痛みと顔面麻痺に顔の左半面が硬直している状態を。
正直、そんな状態に耐えられるほど、私は強くありませんでした。
上記の様な状態が続いていき、私の心は次第に悲鳴をあげるようになって
しまったのです。まともに仕事が出来なくなった私は、どんどんどんどん
精神的に追い詰められて、自分が何をやっているのかも解らなくなってきて
心も体もフラフラの状態で追い詰められることになってきたのです。
そう、これが最初の「鬱病」への第一歩だったのです。
そして、予測もしなかった「鬱の世界」へどっぷりとつかることになって
いくことになるのでした。
(次回に続く)